誰もが理解したい生姜紅茶

経済が平時に戻り、民間部門が消費者のニーズに合った製品を作り、復員により労働力が増加し、熟練度が増したのだから、経済が良くなるのは当たり前はずだ。
それぞれの国は、史上最も壮大な海軍の艦隊を創設しただろう。 その艦隊には、巨大で、強もし軍事支出が国を富ませているなら、アメリカと日本は次に挙げるようなことを行なった一方で、一九四六年の全国収入統計は大きな下落を示している。
だから、戦後すぐの経済状態は良くなかったと主張する経済学者もいる。 しかし、経済学者の間違った助言を受け入れて、戦時中の統計数字をそのまま信じてしまったら、一九四六年の経済は良くなかったと示している統計数字も信じなければならない。
社会の富を生み出す民間経済の健全度は戦時中は低かったが、戦後は回復し、素晴らしい状態になった。 これは常識で考えれば分かることだ。

多くの学者たちは、こうした常識を否定まではしないものの、自分たちの考えと合わない事実はあえ力で、技術的に進んだ戦艦が配備されただろう。 それぞれの国の艦隊は太平洋上で相まみえる。
その際、戦争につきものの人命の損失を避けるため、乗組員たちは全員、戦艦から退避する。 この時点で、アメリカと日本の艦隊は相撃ちとなり、戦艦はすべて沈んでしまう。
このとき、両国は、労働力、鉄鋼、その他の資源や部品を惜しみなく注ぎ込んだ艦隊が太平洋に沈んでしまったことによって、大変に豊かになったと喜び、祝福するはずだ。 「戦争が繁栄をもたらす」という主張が強調されるのは、「消費者による消費が経済を動かす」という当たり前すぎて馬鹿らしい考えが含んでいる、同じ間違いの上に主張されているからである。
また、現在の私たちに助言をしようとしている天才たちの多くが「戦争が繁栄をもたらす」と頑なに信じているからだ(詳しくは次で見ていく)。 こうした誤りは、どんな種類の金や資本を使っても、取りあえず消費をすれば経済的繁栄がもたらされる、としている。
経済不況で人々に金がなくても、消費は経済にとって良いことだと主張するのだ。 賢明な人々は、不況下では消費を抑制するはずだ。

政府が、消費者が買わないし、使わないような製品、例えば戦闘機や戦車を買うために、民間に課税したり、金を借り入れたりすれば、すべての国民が豊かになる、と言っているようなものだ。 これこそが財政「刺激」策の裏に見え隠れする哲学である。
これまで述べてきたような馬鹿げた主張を支持するのは、気が違ってしまった人々か、ニューヨーク・タイムズ紙の社説の中にたてこもっている人々だけである。 Lは次のように喝破した。
「戦争が繁栄をもたらすという言説は、地震や伝染病が繁栄をもたらすと言っているのと同じだ」大恐慌と現在の経済危機が同じ種類のものだと考えるのは正確ではない。 しかし、比較するに足るだけの類似性は存在する。
両方のケースとも、連邦準備制度が金利を下げたために貸出が急増したことで、資源の間違った配分と資本構造の歪みが発生した。 連邦準備制度は、それぞれのバブル崩壊後、バブル景気をもう一度復活させようとして通貨供給量を増やしたが、それは無駄に終わった。
新しく供給された資金を銀行が貸し出すのを拒否したことへの不満が大きくなっていった。 両方のケースで、連邦政府は物価の下落を防ごうとした。
大恐慌のときは原料価格と消費者物価、現在は資産価格を、それぞれ保とうとした。 そのときの経済状況から見て納得できる、そして、人々の価値観と合うレベルにまで物価を引き下げるのを政府は許さなかった。
どちらのケースでも、短期の売買は攻撃され、投機は非難され、公共事業と政府による呼び水的経済政策による救済策が求められるようになった。 緊急融資策は倒産寸前の企業にまでなされるようになった。
もし私たちが、大恐慌時代、もしくは過去一八年間の日本と同様の運命をたどりたいなら、P・Cの言うことを聞き、結果的に世界を大混乱に引きずり込んだのと同じ政策を実行すればよい。 もしそうでなければ、公式の歴史とは異なる方法を取ってもよいはずだ。
私たちはアメリカ合衆国の誇る偉大な大統領たちを称賛するように教えられてきたが、もう、おべっかを使うのはやめよう。 そして、恐慌と戦う政府の努力が、かえって恐慌を長引かせる可能性があるのではないか、と考えてみることだ。
政府が介入してしまうと恐慌は一○年にもわたるものとなり、私たちは苦しい試練を経験することになる。 そんなことはやめさせよう。
「これから一○年間、政府の素晴らしい計画で私たちは救われる」という厚顔無恥の考え方をするのはやめよう。 政府が必要だからということで、何も裏付けのない通貨を発行するのは望ましいことだろうか。

裏付けのない通貨を発行することで税率の引き上げと借り入れを避けることができ、国民から収奪しなくても済む、という主張があるが果たしてそうだろうか。 政府が通貨供給と金利を人為的に引き下げることができないシステムならば、現在のシステムよりも経済が安定するのではないだろうか。
通貨供給と金利を政府が管理することで景気循今回の経済危機に関連して様々な意見が出されている。 だが、それらの中で取り上げられないものに「通貨」がある。
通貨についてここで議論してきたいくつかのポイントを次に列記する。 こうした事実について、私たちは通常、疑問に思わないものだ。
いのではないか。 ドルの価値が九五%も下落してしまう原因となるシステムなど、最高のシステムとは言えな.政府が通貨供給と金利をコントロールできないシステムにすることで、現在のシステムが促進している無責任なレバレッジとリスクの高い投資などが行なわれなくなるのではないか。
企業がどれくらいの救済を受けられるのかの公表を拒否することができる。 政府が通貨供給と金利をコントロールできないシステムにすることで、そのようなことができにくくなるのではないか。

私たちはこれまでのシステムに代わる選択肢について考えてみるべきだ。 現在の経済分析のすべては、「金融システムは基本的に健全で、法律による場当たりるのだ。
ニューズウィーク誌やニューヨーク・タイムズ紙を読んだり、テレビで金融の専門家と称する人たちの発言を聞いたりしても、現在の通貨システムが今回の経済危機に関係していると視聴者や読者が考えることはできない。 それは、メディアが通貨システムに全く言及していないからだ。
ニューズウィーク誌やニューヨーク・タイムズ紙のような超一流のマスコミが何か重要な点を見落としているなどとは考えたくはないが、残念ながら、彼らは確かに見落としていてそもそも通貨はどのようにして生まれるのか?通貨は政府が作り出したものではない。 通貨とはそもそも、物々交換命卸餅)に不満を抱いた人間が発明したものだ。
物々交換とは、財やサービスを「直接」交換することである。 例えば、バスケットボールと帽子の交換、歴史の講義と新聞の交換、といったものである。
バスケットボールを持っている人々が帽子との交換的な対応で修繕していけばよい」という考えを前提にしている。 だが実際はその反対である。
通貨システムそれ自体が問題なのである。

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